稲吉大輔

稲吉 大輔

弱い立場の人が、
泣き寝入りしなくていい世界をつくる。
それが、この事務所の原点です。

弁護士になった原点

法律家を目指した原点は、どこにあるのでしょうか。

私が育ったのは、福岡県の糸島です。子どもながらに、「力のある人間の言うことが通り、声を上げられない人は泣き寝入りするしかない」という場面を、何度も目にしてきました。それを見るたびに、理不尽だと思いました。腹が立った。でも、子どもの自分にはどうすることもできなかった。

そんな私に、母がある言葉をかけてくれたんです。「弱い者の味方になってほしい。天下を取る男になってほしい」と。法律家を目指したのは、その思いを実現できる仕事だと確信したからです。世の中から不合理・不条理をなくしたい。自分の判断が活きる法律家になりたい。その一念でした。

「強い人の意見がまかり通り、弱い立場の人が泣き寝入りを強いられる。その不合理を、世の中からなくしたかった。」

法律家の中でも、まず「裁判官」を選んだのはなぜですか?

「自分の判断が直接、結論に反映される仕事がしたい」という思いからでした。憲法と法律と良心に基づいて判断を下す。その仕事の重みに、強く惹かれたんです。裁判官として10年間、交通事故・破産・金融ADR・少年事件・遺産分割など、さまざまな現場で多くの人の人生の断面を見てきました。その経験が、今の自分の土台になっています。

裁判官を辞めた理由

裁判官という安定したキャリアを、なぜ手放すことを選んだのですか。

裁判官の仕事を続ける中で、ずっと感じていた葛藤がありました。「当事者の想いに、寄り添えない」という不自由さです。裁判官は公正中立でなければならない。それは誇りでした。でも同時に、目の前で苦しんでいる人に対して、自分の気持ちを殺して接しなければならない場面が積み重なっていった。


特に佐賀地方裁判所に勤務していたころ、司法試験の勉強を共にした弁護士仲間が、依頼者に寄り添い全力で闘っている姿を法壇の上から見ていました。自分も同じ思いで法律家になったはずなのに、立場が違うだけで、できることがこんなにも違う。そのもどかしさが、日に日に大きくなっていきました。

「依頼者と共に喜び、共に悲しむ。弱い立場の人の隣に立ち続ける。それができる仕事がしたかった。裁判官では、それができなかった。」

退官の決断に、迷いはありましたか?

迷いがなかったと言えば嘘になります。裁判官は社会的にも安定した職業です。家族のことも考えました。でも、任期の10年を終えたとき、「次の10年も同じことを続けるのか」と自分に問うたとき、答えははっきりしていました。

安定を失うことより、自分の信念に反することの方が、ずっと怖かった。退官を決めたのは、迷いではなく、覚悟でした。弁護士になって、最後の最後まで依頼者の味方でいること。10年かけて積み重ねた確信でした。

事務所を設立した理由

勤務弁護士を経て、独立・開業を選んだのはなぜですか?

弁護士になってから複数の事務所で勤務し、多くのことを学びました。案件の進め方、依頼者との接し方、経営の現実。その経験の中で、「自分が本当に実現したい事務所像」が少しずつ明確になっていきました。

それは、「法律で人を守る」だけでなく、「人と人との関係を健全にする」事務所です。依頼者に寄り添うだけでなく、その先にいる社会全体の調和を考える。「和敬」という事務所名には、その思いを込めています。人と人、組織と組織の間に和と敬いが生まれる。そういう社会の橋渡し役になりたい。その一念から、この事務所は生まれました。

「すべての人を笑顔にする」というビジョンは、どこから来たのですか?

法律の相談に来られる方は、皆さん何かに困り、悩み、不安を抱えています。相談が終わったとき、その顔に少しでも笑顔が戻る。それが弁護士という仕事の、一番根っこにある価値だと思っています。

元裁判官としての経験から、論理的・公正な判断力は自分の武器です。でもそれだけではなく、依頼者の感情や背景をしっかり受け取る温かさも、同じくらい大切にしたい。その二つを妥協せず持ち続ける事務所を作りたかった。それが「すべての人を笑顔にする」という言葉に込めた意味です。

一緒に働く仲間へ、思うこと

一緒に働く弁護士に、どうあってほしいと思っていますか?

「こうあるべき弁護士像」を押しつけるつもりはありません。ただ一つ、「依頼者の声を丁寧に受け取ろうとする姿勢」だけは、大切にしてほしいと思っています。法律の知識は、勉強すれば身につきます。でも、人の話を聞く力、相手の感情を受け取る力は、意識して磨かないと身につかない。知識の前に、「聴く力」が必要なんです。

だから一緒に働く仲間には、案件を「処理する」のではなく、「人の問題として向き合う」ことを共に大切にしてほしい。それができれば、あとは一緒に考えていきます。

若手弁護士がミスをしたとき、どう接しますか?

ミスを責めることには、意味がないと思っています。起きたことは変えられない。大切なのは「どうリカバリーするか」「次に同じことが起きないようにするには」、それだけです。むしろ、ミスをしたときに正直に報告・相談してくれることの方が大切です。隠したり、一人で抱えて状況を悪化させる方が、依頼者にとっても事務所にとってもはるかに問題です。

裁判官のときに学んだことのひとつに、「判断の質は、情報の質で決まる」というものがあります。組織も同じです。正直に話せる環境を、この事務所では作り続けたいと思っています。報告してくれれば、一緒に考えます。それだけです。

「報告してくれれば、一緒に考える。それだけです。ミスより、一人で抱え込む方が問題だと思っています。」

採用の面接では、どんなことを大切にしていますか?

私は面接を、「こちらが選ぶ場」ではなく、「双方向で話す場」だと思っています。こちらから一方的に評価するのではなく、相手がどんな人で、何を大切にしていて、どんな弁護士になりたいのかをちゃんと聞きたい。そのうえで、この事務所がその方にとって本当に合う場所かどうかを、一緒に考えたいんです。

「選ぶ立場であると同時に、選ばれる立場でもある」。そのスタンスは、採用においても変わりません。入所後に「思っていた場所と違った」となるのが、双方にとって一番不幸なことです。だから正直に話し合える場にしたい。それが、私が面接で心がけていることです。

この事務所が目指す未来

和敬法律事務所を、これからどんな事務所にしていきたいですか?

一言でいえば、「頼んでよかった、と長く思い続けてもらえる事務所」です。一時的に問題を解決するだけでなく、企業の経営者や個人の方が長く信頼して相談できるパートナーであり続けたい。企業法務・顧問業務の分野では、「顧問弁護士がいる」ということが経営者の方の安心感になる。問題が起きてから動くのではなく、問題が起きる前に整えておく。その予防法務の価値を、もっと多くの方に届けていきたいと思っています。

大阪・西天満は弁護士事務所が集まる法曹の街です。この地に根ざしながら、地域の企業や個人の方を支え続ける事務所として、和敬の名にふさわしい場所を作っていきたい。そのために、一緒に働く仲間の力が、これからますます必要になります。

 

「この事務所は、まだ発展途上です。だからこそ、一緒に作っていける余地がある。その余白が、若い弁護士にとって最大の財産だと思っています。」

一緒に働く弁護士に、5年後・10年後どうなってほしいですか?

自分の名前で、依頼者に選ばれる弁護士になってほしいです。「和敬の弁護士に頼もう」ではなく、「あの先生に頼もう」と指名される存在に育ってほしい。それぞれの弁護士が、自分の経験と個性から「自分だけの武器」を磨いていく。その過程を、私はできる限り支えたいと思っています。

弁護士という仕事は、長くやるほど深みが増す仕事です。ここで土台を作って、10年後・20年後に「この仕事を選んでよかった」と思えるキャリアを、一緒に歩んでいきたいと思っています。

求職者の方へ

法律家を目指すとき、多くの方が「人の役に立ちたい」という想いを持っていると思います。私もそうでした。その原点を、どうか大切にしてください。


弁護士の仕事をしていると、知識や経験を積むことに意識が向き、「誰のために法律を使うのか」という問いが薄れてしまうことがあります。それは、とてももったいないことだと思っています。

和敬法律事務所は、まだ発展途上の事務所です。だからこそ、一緒に作っていける余白があります。あなたの個性や想いが、この事務所のかたちを変えていける。そういう場所にしたいと思っています。

もし「法律で、誰かの力になりたい」という思いがあるなら、ぜひ一度、話しに来てください。どんな弁護士になりたいか、どんな働き方をしたいか、何でも聞かせてください。あなたの言葉を、まず聴かせてもらいたいと思っています。

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