先日開催されたお茶会で、お点前を担当させていただきました。
「お茶名」をいただいた際の添え状にあった「あらゆる宗教的実践の場を展開し得る茶道人」という言葉に、改めて深い衝撃を受けたことを覚えています。
お点前には背伸びして、自分なりの美しさを意識して臨みました。もちろん、実際にやってみると、思ったようにいかず、まだまだ自分の身になっていないと反省しきりでした。
普段、先生は見て習うという大らかなスタンスで見守ってくださっていますが、この日に向けて細かくご指導いただきました。
その中でハッとしたのは、慣れによって、知らず知らず自己流になっていたり、無意識に動きを省いてしまっていたりする自分の姿でした。
どれほど尊い言葉を知っていても、日常の慣れの中で、その実であるきちんとした所作が伴っていない自分がいたのです。
良い言葉や知識を知っていても、それをどう日常で実践すればいいのか途方に暮れてしまう。
体に良いこと、仕事や人生にとって良いことだと分かっていても、日々の忙しさや自分の気分を言い訳にして、明日へと後回しにし、結局一度も実行しない……。
私たち人間には、そうした弱さが少なからずあります。
単に知っていることと、掴んでいたり、できたりすることの間には、想像以上に大きな隔たりがあります。
では、どうすればその隔たりを越えられるのでしょうか。
一つは、まずはやってみるという素直さ・コーチャブルな姿勢です。
自分では直接関係がないように思えることでも、人から勧められたら素直に試してみる。
また、どうしても前に進まないときは、自分がそれをどう捉えているのか、ネガティブな意味付けがないか、見直してみることがカギになります。物事をポジティブに捉えることができれば、目の前の出来事は好転していきます。
これは、私たちが直面するトラブルや経営、人生の悩みでもまったく同じです。
「こうすれば解決する」という良い解決策が頭では分かっていても、当事者だからこその人間関係やしがらみ、感情のもつれがあって、どうしても自分一人では実行に移せない。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ といいますが、容易ではありません。
弁護士は、法律の専門家であることは確かです。
しかし同時に、ご相談者様とは違う人間であり、その問題に対して利害関係もしがらみもない存在でもあります。
しがらみがないからこそ、感情の渦から一歩引いた客観的な視点で「知っている」解決策を一緒に実行へと移していくことができる。
もしかすると、日頃から優れたメンターや信頼できる右腕をお持ちの方は、弁護士を頼る機会が少ないのかもしれません。けれど、誰もがそうした存在を近くに持っているわけではありません。
だからこそ私たち弁護士は、単に法律知識を伝授するだけではなく、しがらみのない「右腕」として、共に一歩を踏み出し、実行を支える存在でありたいと思っています。
知っているだけの知識を、現実の形に変えていくために。
一人で抱え込んで動けなくなっているときは、どうぞ私たちを「頼れる右腕」として使ってください。
あなたと私たちの知識を共有して、二人三脚で行動に移していきましょう。
もし何か一人で抱え込んでいるお悩みがあれば、まずはお気軽にご相談ください。
きっと共に歩める解決策を見出せるはずです。

