自分が主役として、役を演じる

年末年始の休暇中に、今さらながら映画『国宝』を観てきました。

本職の歌舞伎役者の方から見れば、いろいろ引っかかるところがあるのかもしれないと思いながらも、芸事の厳しさや、一回きりの舞台のために役になりきることの素晴らしさを強く感じました。

弁護士業務を題材にしたドラマや、弁護士が主役の小説もありますが、私の場合、どうしても引っかかってしまい、きちんと観たり読んだりしたことがありません。斜めに見た限りでは、逆転劇のようなドラマチックな展開が求められているように思います。

弁護士業務がドラマチックではない理由はいくつも挙げられます。たとえば、裁判手続は法律上は口頭主義を建前としながら、実務上は書面主義へ傾きがちであること。あるいは、書面の証拠によって動かない事実を確定し、それを矛盾なく説明できるストーリーを組み立てていく、という事実認定の営みが中心であること。こうした事情から、外から見える「劇的さ」は薄くなりやすいのだと思います。

しかし、もしかすると、弁護士や法律家としての仕事に慣れてしまった結果、本当はドラマチックな出来事であっても、こちらが感動しなくなっているだけなのかもしれない——そんなことも考えました。

何年も解決できなかった問題。それは人生がかかった重大なものかもしれませんし、靴に入った小石のように、他の人からすれば「気にしなくてもいい」と言われる程度のものかもしれません。けれども、それが弁護士の助力もあって解決するとき、本来的にはとてもドラマチックなのだと、最近、依頼者のお声を聴いて感じています。

弁護士にとっては当たり前の日常でも、依頼者の方にとっては非日常です。ドラマに描かれる弁護士も細部は違っていても、私が『国宝』を観て歌舞伎役者のリアリティを感じたように、多くの方にとってはリアリティのある存在なのかもしれません。

そう考えると、弁護士という役を演じて人のお役に立つには、自分のしていることのドラマチックさや、他の人にはできないことをさせていただいているという光栄さを、こちらが十分に味わうことも必要なのだと思いました。

弁護士自身も相談者の方も自分が主役です。自分が主役となり人生を演じることはとても重要です。自分が主役として、より良い人生、輝かしい舞台を演じることで、他にはない唯一の素晴らしい人生を送れるのだと思います。
私は、弁護士としてその一助になれれば嬉しく思います。

法律相談はもちろんですが、経営をしていく中で些細なお困りごとでも構いませんので、何かありましたらお気軽にご相談ください。弁護士のセカンドオピニオンも歓迎いたします。

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